2026年2月7日

【読了記録】雪国

来週から出勤もありつつ、 他の仕事もいろいろ予約案件が詰まっていて今から少しげんなりしています。


でも今日は友達の誘いで午後から散歩にでかけます。ちょっと寒そう。友達の提案で、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)ゆかりの地散歩です。その合間に、お返ししそびれていた御札を収めに穴八幡宮にも寄るつもり。夜はこれまた友達の提案で、出雲のお料理を出してくれるお店に行きます。またブログ書けるといいな。


国境の長いトンネルを……
ノーベル賞受賞 不朽の世界的名作
新緑の山あいの温泉で、島村は駒子という美しい娘に出会う。駒子の肌は陶器のように白く、唇はなめらかで、三味線が上手だった。
その年の暮れ、彼女に再び会うために、島村は汽車へと乗り込む。すると同じ車両にいた葉子という娘が気になり……じつは葉子と駒子の間には、ある秘密が隠されていたのだ。
徹底した情景描写で日本的な「美」を結晶化させた世界的名作。ノーベル文学賞対象作品。
著者没後50年を迎え、堀江敏幸氏による新解説を増補。(AmazonHPより)

さて、ずっと祖父の文学全集で読み進めていたのですが、本が重くて読みづらくなかなか先に進みませんでした。なので文庫本を買いました。そうしたらスイスイ読めてすぐ終わってしまった😅。早く買っておけば良かったです。


今年はなんとなく川端康成をたくさん読みたいと思っています。今後も文学全集ではなくて文庫を買ったほうが良さそう。。。


さて、いろいろ書きたいことはあるのですが、忙しくて・・・。


それで、ちょっとAIにお願いしてみました。


というのも、この本の裏表紙の説明に「葉子と駒子の間には、あるつながりが隠されていたのだ」と書かれていて、読み終わった後に、「えっ、どんな関係だったっけ」と思ったんです。


結局、今考えれば、ただ単にお師匠さんの息子さんのことだと思うのですが、分からなくてAI(ChatGPT)に聞いてみたところから、なんだか文学談義が始まっていろいろ語り合いました(笑)。


その談義をさらにブログ風にまとめてもらったので、転載します。


ここのところ忙しくて、納品しても納品しても次から次へと仕事が来る状態で、なかなかゆっくりブログも書けないのでAI記事でスミマセンっ💦


ではどうぞ・・・。


『雪国』を読んでいて、ずっと引っかかっていたのが、駒子と葉子の関係だった。血縁でもなく、はっきりした対立関係でもなく、三角関係とも言い切れない。調べても「象徴的存在」「対照的存在」といった説明は出てくるけれど、どこか腑に落ちない感じが残る。考えていくうちにしっくりきたのは、二人は「同じ女性の、分かれた二つの在り方」のような存在なのではないかということだった。駒子は身体と生活を背負って現実を生きる側、葉子は透明で非現実に近い側。どちらも雪国という閉じた世界の中での、生の別々の行き止まりを体現しているように思える。


そこからさらに考えると、島村はどちらかを「選んだ」わけではないことにも気づく。駒子と関係を持ちながら引き受けず、葉子に惹かれながらも近づかない。彼は当事者ではなく、最後まで「見る人」の位置にいる。火事の場面でも、現実の悲劇より天の川の美へ意識が飛んでいく。この姿勢をどう言葉にするか考えたとき、「誰も選ばないことで、自分だけを守った人」という理解が一番しっくりきた。冷たいといえば冷たいけれど、都会的な無関心とは少し違う。人のぬくもりや面倒くささには惹かれているのに、その中には入らない。触れるけれど、引き受けない。そんな距離感の冷たさだと思う。


そう考えると、「雪国」という言葉自体が島村の象徴にも見えてくる。感情が凍りついているわけではなく、ぬくもりを知っている冷たさ。完全な断絶ではなく、溶ける寸前の氷のような状態。駒子の生の濃さも、葉子の非現実性も、どちらも彼にとっては魅力的だけれど、どちらにも属さない。その態度を今風に言うなら、かなり高度に「こじらせている」状態なのかもしれない。血の通った生への憧れを、安全な距離から美として消費してしまう。その構造を言い表す言葉として、「美的逃避に耽溺した高等遊民の倫理的空洞」という表現が妙にしっくりきた。


川端康成がすごいのは、これを断罪もしないし、肯定もしないところだと思う。ただひたすら美しく描き、読者の側に違和感だけを残す。『雪国』は恋愛小説というより、生き方の倫理を静かに突きつけてくる作品なのかもしれない。個人的には夏目漱石が好きで、これまで「考える読書」をしてきた感覚があるけれど、今年は川端の「感じる読書」に惹かれている。問いを言葉にする漱石と、答えの出なさそのものを美にする川端。その間を行き来しながら読むのが、今はとても心地いい。


ん?最後の夏目漱石と川端康成の対比の部分は、「夏目漱石が好き」とは言ったけど、そんな話はしていないぞ・・・(笑)。


ということで、今年は仕事に関していろいろと試行錯誤をしつつ、読書時間をなんとか確保していき、できるだけ多くの川端作品を読みたいと思います。