私と同じ顔……あなたは誰?京都を舞台に描く伝統美の到達点京都の呉服問屋の娘である千重子は、幼馴染の大学生、真一と平安神宮へ花見に出かける。夕暮れ時、彼女はある秘密を明かすが、真一は本気にしなかった。その数か月後、夏の祇園祭の夜に、千重子は自分とそっくりな娘と出会う。あなたは、いったい誰? 運命の歯車が回り始めた……。京都の伝統ある行事や街並み、移ろう季節を背景に、日本人の魂の底に潜む原風景を流麗に描く。ノーベル文学賞対象作品。(Amazon HPより)
情景どころか温度や香りまで感じられるようなあまりに美しい文章で、完全に川端康成にはまってしまいました。
生き別れた双子の姉妹が再会する物語なのですが、雪国もそうでしたが、川端康成の小説では人物の輪郭はあまりくっきり描かれず、どちらかというと全体性というか世界観というか、それが前面に押し出されているように感じます。
人物の描写はそれなりに詳細に書かれているのになぜかぼんやりと世界に溶け込んでいる感じで、全体的に幻想的です。
最後の解説でそうか、と思ったのですが、結局『古都』というタイトルが示すように、本当に描きたかったのは二人の姉妹の運命ではなく、京都という街そのものだったのだと腑に落ちました。
千重子と苗子という二人の存在は、この「古都」という大きな主役を引き立てるための美しい背景だったように思います。
京言葉の台詞も、はんなりしていて物語に引き込まれる要因だったように思います。最後に川端康成自身の解説で、一部どうしても譲れなくて修正を却下した部分もあったけれど京都の方にだいぶ修正してもらったとありました。川端康成本人もだいぶ自身の文章を校正されたそうです。
繰り返しになりますが、本当に美しい文章で、物語もどこか切なさがあって、最後のほうは涙ぐんでしまいました。
で、ですね、ここからなんですが、ここまで言うのは申し訳なくて作家さんの名前は書けませんが(AmazonHPには書いてありますが)、芥川賞作家の方の解説が増補として収録されていまして、それが・・・すみません、川端康成の美しい文章を台なしにしているようで、最後の最後であぁぁぁと思ってしまいました。
えぇ、どうして京都の舞妓さん芸妓さんや杉山などの香りが漂ってきそうな文章の解説に、まさかの○○や△△の香りの描写を入れてくるのでしょう。げんなりしてしまいました。
彼女の作品を読んだことがないのでなんとも言えないのですが、感性の違いというか、ああそういうものなんだなと思いました。
でも、現代人的な感性の解説もこれからは必要なのかもしれないですね。特に昔の文学はまだまだだいぶ昔の方の解説がそのまま使われていたりするので。今回の増補収録はその意図もあったのかもしれません。
ちなみに、祖父の本棚から引っ張り出してきた中央公論社の文学全集の解説は、川端康成の弟子である三島由紀夫で、付録に川端康成と三島由紀夫の対談まで付いていてテンションが上がります。
さすがに三島由紀夫の解説は格調高く、印象的な書き出しだったので引用します。
川端康成氏について、ニイチェの言葉を借りるのは不似合かもしれない。しかしニイチェが「ニイチェ・コントラ・ワグナー」の中で、ワグナーについて言っている次のような言葉は、ふしぎなほど、川端文学に当てはまる。
「彼は実に微小なものの巨匠なのだ」
さらにニイチェは、こう言葉を継ぐ。
「ところが彼(ワグナー)はそうであることを欲しない。彼の性格はむしろ大きな壁と大胆な壁画を愛する」
この後段は、川端文学と正に正反対である。川端氏はワグナーとはちがって、むしろ「そうあることを欲し」、かつその性格は、「大きな壁と大胆な壁画」とを愛さない。徒(いたず)らに粗大な構図を愛さない。
『古都』は亡くなる10年くらい前に書かれたようなので、だいぶ後期のある程度完成された 作品のようです。短編が多く作品数が膨大なため全部は読み切れないと思いますが、代表作だけでもいろいろ読んでいきたいと思います。
明日からの旅行にはこの3冊を持っていくつもりです。
全部読めないかもしれないけど、特に夜はいつも父も甥っ子も私も干渉し合うことなく三者三様に過ごしているので、ゆっくり読書できそうです。

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