2026年5月16日

【読了】暗夜行路

一気に書かないと先延ばしにしてしまうので、最後にもう1冊。


ひとは過ちをどこまで、赦せるのだろう。
不義の子・謙作の魂の昇華を描破した、日本近代文学の最高峰。

祖父と母との過失の結果、この世に生を享けた謙作は、母の死後、突然目の前にあらわれた祖父に引きとられて成長する。鬱々とした心をもてあまして日を過す謙作は、京都の娘直子を恋し、やがて結婚するが、直子は謙作の留守中にいとこと過ちを犯す。
苛酷な運命に直面し、時には自暴自棄に押し流されそうになりながらも、強い意志力で幸福をとらえようとする謙作の姿を描く。用語、時代背景などについての詳細な注解を付す。(Amazon HPより)

書き進められなかった期間も含め、志賀直哉が1726年かけて書き上げた長編(間違っていたので年月を訂正しました)。


前半は少しもたもたしましたが、後半は一気に面白くなってすいすい読み進められました。


主人公の時任謙作は志賀直哉自身をモデルにしていて、父との不仲も実際に自分の経験をもとに書いているそう。


鬱々としながら育ってきた日々、自分の出自の秘密を知ったときの絶望、直子の過ち。人生の上手くいかなさを嘆きつつも謙作の周りにはいつも助けてくれたり謙作のことを思ってくれる兄妹や母代わりのお栄、友人たちがいたことが印象的でした。


そして、解説にも書かれていましたが、そんな不幸の中にあっても、「これは僕の悪い癖だから・・・」「拘泥しないように・・・」そう言いながら、いつも冷静に自分自身を見つめ前向きに生きようとする謙作の姿がとても魅力的に思いました。

"時任謙作という人物の大きい魅力は、にもかかわらずという生活の意志に尽きる。「直子が憎めないから赦したのだ。又、その事に拘泥する結果が二重の不幸を生む事を知っているからだ」――これが謙作の決意である。作者は、人間の過失をできるだけ軽く考え、また、不幸に拘泥することを避けようと努めている。これは武者小路実篤などにも通じる生き方だと思う。白樺派一般に共通するものである。"(巻末解説「暗夜行路について」荒正人)


そして、最後の鳥取県の大山(だいせん)の中腹から見える米子一帯の景色の描写が本当にすばらしかったです。芥川龍之介は志賀直哉の才能に憧れ、夏目漱石も自分のはそういうものは書けないと称したそうです。


"芥川がある時、「志賀さんの文章みたいなのは、書きたくても書けない。どうしたらああいう文章が書けるんでしょうね」と、師の漱石に尋ねた。「文章を書こうと思わずに、思うまま書くからああいう風に書けるんだろう。俺もああいうのは書けない」漱石はそう答えたという。 "(巻末解説「志賀直哉の生活と芸術」阿川弘之)

 

夜が明けて中海(なかうみ)に浮かぶ大根島に陽の光りが当たり、大山の影が中海から米子の陸地へ上がってくる様子は、大山にもよく行ったり登ったこともあるので、朝のその風景自体を見たことはなくても想像できて、そうそう、そういう地形だよね、と思いました。




でもこれ、志賀直哉は『暗夜行路』を書く24年前に見たきりで、思い出しながら書いた、とあとがきで書いています。24年も前に見た風景を今まさに見ているかのように書けるのが、芥川龍之介や夏目漱石が羨む才能のようです。


最初は祖父の文学全集の本で読んでいたのですが、重いし分厚いしで読みにくく、なかなか読み進めることができず文庫を購入して、電車で読んだりしていました。


それでも前半はなかなか読み進むことができず、最初のほうは何度も読み直したためだいぶ長くかかりましたが、500ページの大作を読了して晴れ晴れした気持ちです!


次の電車のおともは夏目漱石の「三四郎」にしようと思います。この際、夏目漱石の小説はすべて読もうと思っています。文学論など小説以外の著作もいくつかあるようなので、そちらも読みたいです。


なかなか読み進められなかった本を3冊一気に読了できて満足です。


明日も・・・と思いましたが、来週しめきりの仕事に少し取りかかってみたら案外面倒くさそうだったので明日はそれにかかりきりかも・・・😂

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