2026年5月23日

【自分メモ】何かを続けることについて

最近、ギターや合気道、語学などの自分の経験からもしみじみ感じていたことだけど、本や動画でよりわかりやすく説明されていたので、「何かを続けること」について自分メモも兼ねてまとめてみました。


① 飽きてもやり続ける

今の風潮とは真逆のことかもしれないけれど、飽きたりもう好きじゃないし・・・と思ってもやり続ける。

続けることが苦痛でしょうがないときは無理をして続けることはないかもしれないけれど(本当はそれでもやり続けてもいいかもとは、私自身は思っているけれども)、多少飽きてきても、とにかく淡々とやり続ける。


② やり続けていると、ある時ブレイクスルーが起きる

そうやって、飽きつつも無になって淡々とやり続けていると、ある時ブレイクスルーが起きる。何かが分かったり、そうだったのか!という閃きが起きたり、習い事や仕事であれば口酸っぱく言われていたことが腑に落ちたり。上達が感じられたり。


③ ブレイクスルーを繰り返して(積み重ねて)ステップアップしていく

そうやってブレイクスルーを経験しながらステップアップ(レベルアップ)していく。


④ 自分オリジナルの方法を見出せたり(何かは分からないけれど)新たな境地に辿りつく

ブレイクスルーを繰り返してステップアップを積み重ねていくと、「守破離」の「破」→「離」と段階が進んでいく。



やり続けないとブレイクスルーも起きないし、もちろん上達もしない。


経験的に私も分かっていますが、特に最初はどんなに好きでも疲れるし飽きることもあります。やり続けている途中でも、新しいことが出てくると同じ。


よく知られていることですが、脳は慣れ親しんだことからできるだけ離れたくないので、新しいことに対してはどうしても「面倒臭い」とか「飽きた」とか「やっぱり好きじゃないかも」という思考を放出する。


でもそれに惑わされてはダメなんですねぇ。それでもやる。そこは努力が必要と言われればそうかもしれないけれど、頑張るというより「無になる」「淡々とやる」がいいのかも。


そうすると、慣れてきて楽にできるようになってきたりコツが掴めたりする。


そうしていくうちに、また新たな課題が見えてきて、そこに取り組むのに面倒になったりする。


そしてまた「無になって」やり続ける。


それの繰り返しです。ゴールはないに等しく、キリがないですが、上達の楽しみが見出せて続けるのがやめられなくなる。そうやっているうちに、「こんなとこまでこれた!」という自覚が少しずつ加わってくる感じでしょうか。



志村けんだったかが、「自分はもうバカ殿も変なおじさんもとっくの昔に飽きてる。だけど皆が喜ぶからやり続ける。そうするとまた新たな境地が見えたりする」みたいなことを仰っていたらしいです。(志村けんさんだったか別の方だったか忘れましたが、とにかくそれらしいことを仰っていたらしいです)


だからこそ老若男女から長く愛される芸人さんでいらっしゃったのかなと思います。


私の尊敬する、勝手に人生の先輩と呼んでいる友人も、私とは全く別のタイプですが、ものすごくコツコツ淡々とやるタイプで、一見するとちょっと無感情な人だなとも思えるのですが、その積み重ねはすごいものがあるなと感じています。


ときどき悩みは聞くけれど、好きな仕事だからなのか愚痴もほとんど聞いたことがないし、なんか地味に(失礼笑)すごいなと思っています。それでも裏ではかなり飽きたり嫌だな疲れたなと思うこともあるんだろうなと思います。


そう思っていたら、いつの間にか大企業で部長さんになっていて、それでもまだまだ「若い人はすごいなと思う」と言って、「自分も~」とか言って仕事をコツコツ淡々とやり続けています。新しい分野が次々出てくるIT系なので、年を重ねるにつれてそれに追いつけなくて若者との違いに焦りを感じたりもあるらしいですが、とにかく淡々とやっているイメージ。


ほかにも昔からよく知っている同じような友人がいて、とにかくすごいなと思わせられることが今になって多くなってきました。長い付き合いだからこそ、今になってそのすごさに気付かされることが多い。


そういう友人たちを見ていると私も四の五の言わずにやり続けよう・・・という気になって、良いモデルになってもらっているし、そういう尊敬できる友人たちがいることをありがたく思います。


最近ドドドドッと同じような内容について触れることが多かったのと、自分的にもそれが実感できることが多くあったので、自分メモとしてブログに残しておきます。


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